[マインド]席を譲るか否か問題に決着~!

 

たまーに出くわす満員電車満員バス

 

最初に自分が座っていてから 段々と車内が混んでくると、「あ、立とうかな」と少し考え 、年配の方が自分の前に立つと

「ここは私が立って席を譲るべきだよね。でもこの前、『どうぞ』と声をかけたら 『結構です』って言われたしな。譲る方が失礼なのかな。一旦席を立って断られたら恥ずかしいしな。 でも若い私が堂々と座ってるのもおかしいよな。どうしよう。どうしよう。もじもじもじ…..」と、ひたすら悩んでいました。

 

 

Facebook投稿でこのような記事をみました。

 

『リッツ・カールトン 一瞬で心が通う「言葉がけ」の習慣』日本実業出版社

高野登氏は本書の中でこう語る。

 

『明らかに困っている人がいたら、迷わずに声をかけることができますが、その判断がつかず迷ってしまうこともあります。

ホテルの現場でも似たようなことが起きます。 手を貸そうとして声をかけても「余計なお世話」と思われたら…、と考えると、声をかけるのをためらってしまうかもしれません。

「おせっかい」と「おもてなし」の間には、相手がそれを望んでいるかどうかという明確な境界線があるのです。 相手が望むか望まないかは相手の心が決めるもの。 でもその心は見えない。 それが読み取れないのであれば聞いてみるほかはないのです。 新人であってもベテランであっても同じです。

「よろしければお手伝いしましょうか?」 「大丈夫ですか?お手伝いは必要ありませんか?」 とひと声かけて相手の反応を見ます。

 

もし相手が、「どうもありがとう。お願いします」と言われたら、お手伝いしますし、「いえ、大丈夫です。結構ですから」と言われたら、「必要があればいつでもお声がけくださいね」と、一歩下がればよいだけのことです。

 

相手の心は見えないのだから、「要望」や「望み」は聞いて確かめるしかないのにも関わらず、聞かない人は多い。 「たぶんこう思っているはず」と、自分の勝手な思い込みで対応すると、相手とミゾができる。

 

それが何度も度重なると、深い断絶となってしまい、人間関係は修復不可能となる。 人間関係のヘタな人だ。 「よろしければお手伝いしましょうか?」 人の気持ちを考えて行動する人でありたい。

 

そうなんです。断られたら一歩下がれば良いだけの話なんです。何もウジウジ悩むことでもなんでもない。以心伝心なんてものはなくて、やっぱり聞かないとわからない。

 

もうバスの中で悩むこととはオサラバ。今後は1秒も迷うことなく立ちます。

 

人間関係を上手くしようとする自分でありたいです。