自分の中に毒を持て 岡本太郎|行き詰まりを面白がる

岡本太郎の著書の中でファンの多い「自分の中に毒を持て」です。
もう、タイトルからしてシビレますよね。

岡本太郎 - Wikipedia

 

私はこの本を若い頃から何度か読み返しています。
読み返す度に、心に響く場所が違って面白いです。

今回は「幸せ」についての記述が刺さりました。

 

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「しあわせ」って何?

岡本太郎は幸せについてこう語ります。

ニブイ人間だけが「しあわせ」なんだ。
ほくは幸福という言葉は大嫌いだ。

ほくはその代りに「歓喜」という言葉を使う。

危険なこと、辛いこと、 つまり死と対面し対決するとき、人間は燃えあがる。
それは生きがいであり、その時わきおこるのがしあわせでなくて「歓喜」なんだ。

 

本書では「歓喜」というキーワードがいろんなシーンで出てきます。
岡本太郎を構成する大切な要素の一つなのでしょう。

 

しかし、自分は幸福だと思っている人でも、何か自身のなかに、心の底の方には、逆の面……つまり何か求めている、ほんとうにしあわせじゃない部分がある。

つまり、これでしあわせなんだと自分を納得さてせいるが、一方に本当にしあわせなんだろうかとマイナスの面を持っている。

人間として当然だ。

外に向かって発言する時はそれをごまかして、なにごともないようににこにこしているが、もっと正直になって、恐れずに自分の内側を直視していいじゃないか。

必ず心のどこかに満たされていないものがあるはずだ。

それとまともに向かいあうことはなかなかスリルのある、幸せなんかよりもっとキリッとした面白さだと思う。

私も時々、自分が幸せなのか、そうでないのか分からない時があります。
(不幸とも思わないけど、どこか満たされない感じがある)

でもそれは人間として当然なんです。

それを直視するのは怖いけど、岡本太郎のように果敢に自分の心の奥底を覗いてみたい気もしてきました。

 

行きづまりを面白がる

強烈にとじこもりかちな人ほど、逆にひろがるときがある。
ぼくだってしゅっちょう行きづまっている。

行きづまったほうが面白い。だから、それを突破してやろうと挑むんだ。
もし、行きづまらないでいたら、ちっとも面白くない。

「行き詰まりを面白がる」。
行きづまることは、怖くて、苦しくて、不安なのに…それを面白がるなんて。

けれども、本の中の岡本太郎は幼い頃から両親や先生や社会に対して行き詰まり、挑み、闘っています。彼の様々な闘いを読み進めているうちに、「私も突破したい」という衝動に駆られています。

 

強烈に行きづまった自分に闘いを挑んでいくことだ。
行きづまりをこえ、嬉しく展開させていくんだ。

 

 

「自分の中に毒を持て」岡本太郎