[読書]女帝 小池百合子が30代の頃に行った「人脈づくり」

「女帝 小池百合子」を読んだ。

 

幼少期から都知事になるまでの彼女の軌跡を、ノンフィクション作家が3年もの歳月をかけて綴った内容に、私は冒頭からグイグイ引き込まれた。

「サイコパス」
「異常な権力欲」
「政権と寝る女」

彼女を批判し揶揄する言葉はネット上のそこかしこに落ちているけれど、そんな言葉をもろともせず突き進む姿になぜかとても惹かれた。

 

そこで、彼女の過去書籍をいろいろ読んでみた。(Amazon中古にもない本は図書館で取り寄せた)

特に興味深かったのが、百合子が33歳の頃に書いた「おんなの人脈づくり」
初版は1885年(昭和60年)。(名前表記が「小池ユリ子」)

 

当時、テレビで竹村健一のアシスタントをしていた彼女。

 

ちょっとドジっ子だけど、若さと美貌と積極性とマメさをめいいっぱい、それはもう「メーター振り切ってぶっ壊れるくらい」使い切ってる彼女がよく表現されていた。(そこには彼女特有の「盛ってる表現」もあるだろうが。)

 

1984年、雑誌コスモポリタンのアンケートによると

「会社で作ってもらった自分の名刺」を
持っている人 22.7%
持ってない人 77.3%
という、今では全く想像できないくらい「女性が対外的な仕事を受け持たされてない時代」に百合子はこんな凝った名刺を配りまくっている。

名刺に相手の関心が向けられると、私はすかさず「あなたのお名前をアラビア語で書くと、こんなふうですよ」とさらに一歩前進してみる。

この一歩というのは多少気恥ずかしくあるが、そこは無邪気に、そしてあつかましく踏み出してみるしかない。

それによって名刺への関心から私個人への関心へと視線が移動する。これが何の変哲もない名刺だったなら、ことさら珍しくもない「小池ユリ子」という名前は、数日後に名刺ホルダーのどこかへ忘れ去られてしまうか、そのままゴミ箱行き。

 

さらに、「写真で手がかり作り」も積極的に行っている

人と会うことが仕事の一部になっている私にとって、ついつい流されがちな人間関係を掌握する意味でも、毎日の記念撮影のメリットは大きい。いや何よりも、「お疲れ様でした」の一回ぽっきりで終わらずに、その後の個人的なアプローチができる媒体として、とても重要な役割を果たしてくれている。

一枚の写真を「お元気ですか」のメッセージを添えて相手に渡すことで、次への突破口を開くというのは、カメラ1台あれば誰にでもできる技なのだ。

 

誰でも容易く想像できる方法ではあるが、これを「毎日」実行していた百合子。自分にありあまる自信がないと「私と写真撮りましょうよ」と言えないだろうが、そんなことは一切おかまいなし。

他にも、百合子が《どのようにして政界や経済界の重鎮と繋がっていったのか》、その「戦術」が惜しげもなく描かれている。

 

同じ女性として、「たくましさ」「あつかましさ」「信念, 執念」を以て現在の地位を手に入れた彼女に敬意と畏怖を感じている。